【2018春ドイツ卒業旅行】その9~ベルリン観光(後編)華やかな壁と悲しみの壁&男子なら必ずテンションが上がるドイツ技術博物館

前回の記事では、ベルリン大聖堂とDDR博物館を訪れた際の出来事について書きました。

【2018春ドイツ卒業旅行】その8~ベルリン観光(中編)美しきドームのベルリン大聖堂&DDR博物館で"東ドイツ"を知る~

今回はその続き、イーストサイドギャラリーとドイツ技術博物館、チェックポイントチャーリーを訪れた際の出来事について書きたいと思います。

※今回の記事は画像の枚数がかなり多いです。そして記事の文字数もかなり多めですので通信量と時間に注意して御覧ください。

オーバーバウム橋を横目にイーストサイドギャラリーへ

DDR博物館から少し歩いて、ベルリンタワーの裏側にあるアレクサンダー広場駅からSバーンに乗ってヴァルシャウアー・シュトラーセ駅にやってきました。

ところで、移動中の写真は撮っていません。


何故かと言うと、この駅治安が悪いのです…


ゴミだらけだし、入れ墨のイカツイお兄ちゃんがウロウロしていたので、カメラを出すのはやめておきました。




しばらく駅からイーストサイドギャラリーの方角へ歩いていくと、立派な橋とシュプレー川が現れます。

この橋はオーバーバウム橋という名前で、現在の2階建ての構造は1896年に完成したようです。


ところでこの橋はシュプレー川にかかっているのですが、実はこの周辺はシュプレー川沿いにベルリンの壁がかつて敷かれていました。

つまりこの橋は東ベルリンと西ベルリンの境界の橋だったわけです。

そのため橋の上には検問所があり、一般人は通ることができなかったようです。




ちなみにこの橋、車や歩行者だけではなく、なんと鉄道も通っています。

写真のようにUバーンの1系統がこの橋を通ってベルリン市内へと走っていきます。

このUバーン1系統、先程茶髪が降りたヴァルシャウアー・シュトラーセ駅が始発で、ウーラントシュトラーセ駅まで繋がっています。

せっかくなので、鉄道でこの橋を渡りたいのでイーストサイドギャラリーを観光した後に乗りたいと思います。




さて、先程写真を撮った場所から5分ほど歩くとイーストサイドギャラリーに到着です。

イーストサイドギャラリーとは、ベルリンの壁に様々なイラストが描かれているエリアです。

なんと1.3kmに渡って様々な絵が書いてあります。

その中でも特に有名な絵を見るために壁沿いを歩いていきます。




おそらくこの絵、一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

「独裁者のキス」と呼ばれるこの作品は旧ソ連のブレジネフ書記長と旧東ドイツのホーネッカー書記長のキスシーンが描かれています。


おっちゃん二人の熱いキスシーンです。


これを見た時、最初はおお!これが本物か!と思ったのですが、

その数秒後には、わざわざ日本から来ておっさん二人のキスなんてなんで見に来たのか…

と、ちょっと複雑な気持ちになりました 笑


この他にも色々な作品があるのですが、どれもメッセージ性の強いものが多く、アート作品としても面白いです。

かつて悲惨な出来事があったことを現在に示しつつ、平和な今のベルリンを象徴するエリアだと感じました。


さて、イーストサイドギャラリーを散策した後は、Uバーン1系統に乗ってドイツ技術博物館を目指します。

一度ヴァルシャウアー・シュトラーセ駅に戻り、先程写真を撮ったオーバーバウム橋を渡ります。


※通信量に注意してください


上の動画は、ヴァルシャウアー・シュトラーセ駅~隣のSchlesisches Tor駅の車窓です。

橋の上からはシュプレー川の向こう側にベルリンタワーが見えます。

また、橋の途中から列車は大きくカーブして隣のSchlesisches Tor駅に到着します。

今回茶髪は列車で橋を渡りましたが、あえて徒歩で渡るのも楽しいかもしれません。

イーストサイドギャラリーに行くときは、あえて近くの駅ではなくSchlesisches Tor駅から向かうのもおすすめです。

男子を虜にするドイツ技術博物館

ちょっと余談ですが、幼稚園ぐらいの男の子って何かしらの乗り物が好きになると思うんですよ。

鉄道だったり、飛行機だったり、車などなど…

とりあえず何かしらの工業製品に興味を持つと思います。

そして月日が経って大人になって、普段はなんとも思っていなくても、いざ博物館などで乗り物を見ると心の奥底に眠っていたかつての気持ちから何かワクワクしてくるでしょう。

そんな気持ちが味わえるのがここ、ドイツ技術博物館です。




最寄り駅のMöckernbrücke駅から5分ほど歩くと、飛行機が上に乗っている特徴的な建物が現れます。

普通この建物の下に入り口があると思うでしょう?

残念、入り口はさらに1kmほど先です。

そしてここから奥に2kmほど全部博物館の建物です。

なんという規模なんだ…広すぎです。




先程の建物の裏に回って更に10分ほど歩くと、ようやく入り口にたどり着きます。

レンガ作りのおしゃれな建物です。

早速中に入ってチケットを購入します。

チケットは大人8ユーロでした。

最初入る前は8ユーロもかかるのかよ…と思っていましたが、中に入った後は、これたった8ユーロでいいんすか!ってぐらいには考えが変わります 笑




さて、このドイツ技術博物館ですが、その名前の通りドイツの工業製品が何から何まで展示されています。

目玉の展示である鉄道はもちろんのこと、航空機、船舶、自動車、エンジン、カメラ、郵便の仕組み、ミシンなどなど…

もうそれはとんでもない数の展示がされています。


茶髪は色々な観光の後にここに来たのですが、本来なら丸一日かけて観光すべき施設です。

それと、この時夕方の16時頃だったのですが、展示施設によっては閉館前に終了してしまうエリアもあります。

できることなら朝からまわることをおすすめします。


茶髪は限られた時間でまわる必要があったので、鉄道、航空機のエリアにターゲットを絞ってまわることにしました。





まずは鉄道の展示からです。

エントランスから鉄道エリアに向かうと、大昔ドイツに鉄道が初めてできた頃の歴史が紹介されています。





こんな大昔の蒸気機関車も展示されています。

展示物を説明する看板があるのですが、ドイツ語なので読めません 笑

わかるのは製造年と右下に書いてある性能ぐらいです。


なのでこの後もさらっとした解説になります。

解説も特にできないので、ここからは大量の写真を乱立させていきます 笑

雰囲気だけでも味わいください。







1800年代に活躍していた貨車や機関車が展示されています。

こんな大昔から鉄道が走っていたというのがさすがヨーロッパという感じです。




先程のエリアから少し進むと、扇形機関庫の中を改築して、様々な機関車が展示されているエリアにたどり着きます。

このエリアは1890年代~1900年代の前半までの機関車や客車、貨車が並んでいます。






1900年代前半に活躍していた客車です。

車内に入ることはできませんが、除くことはできます。

映画に出てきそうな雰囲気ですね。

おそらく木の椅子のほうが2等席で、赤い生地の椅子のほうが1等席なのでしょう。

当時の人はこんな客車で旅をしていたのでしょうね。




ちなみに扇形機関庫の外はこんな感じです。

センターにターンテーブルがあります。

写真右側の建物の奥まで、時代ごとの機関車が展示されています。




このようにずーっと客車や機関車がこれでもかというほど展示されています。






更に先に進んでいくと、だんだん車両の見た目も変わってきます。

そして何より車体の大きくなってきます。




当たり前ですが、プレートもドイツ語です。

日本の○○工場、〇〇製とかの漢字表記に慣れていると、ただアルファベットで書いてあるだけでもおしゃれに見えますね 笑




しばらく歩くと、初めて電気機関車が現れました。

いかにも昔の電気機関車といった見た目です。


ところでドイツの電気機関車も茶色なのですね。

日本の昔の電気機関車も茶色が多いです。

もしかして日本がはドイツの真似したんかな…なんてことを思いながら見てました。




1940年頃になると機関車の大きさもかなり大型になります。

線路幅が日本とは違って標準軌のドイツでは、大型でかなりパワフルな機関車が活躍していたようです。

黒い車体に赤色の足回りがかっこいいですね。


ところで写真のような機関車が活躍している時代は、第二次世界大戦真っ只中。

つまりこの時の政権はあの悪名高き…





そう、ナチス政権下なのです。

ハーケンクロイツが付いている車両が展示されており、実際にヒトラーが乗っていたもののようです。

そのためか、何やら車両の前にはたくさんの張り紙が。

ドイツではタブーであるナチス政権下の展示物なので、注意事項が書いてあるのでしょう。

ところでこの車両の近くには、もう一つドイツの負の歴史が感じられる車両があります。





それがこのオンボロの貨車。

一見ただの貨物車両に見えますが…





この車両は強制収容所へユダヤ人を運ぶために使われていた貨車です。

木造のオンボロ貨車に数百人のユダヤ人が詰め込まれていたのです。

中に入ることもできたのですが、本当にただの木造貨車です。

とても人が乗る車両ではありません。

ゲルマン人は先程のようなハーケンクロイツが付いた最先端の車両。

一方ユダヤ人は客車ではなく貨物。しかも行き先は強制収容所。

同じ人間なのにこの違いはなんなんでしょうか。

只々、憤りを感じました。







更に先へ進んでいくと、時代は1960年代に。

この年代になると、機関車の主役は蒸気機関車ではなくディーゼル機関車になります。

車体が赤色の大きなディーゼル機関車が展示されていました。

この車両は西ドイツのV200型というようです。

こちらも日本のものと比較するとかなり大型の機関車です。

こんな大型の機関車が140kmスピードで走っていたらしいです。

鉄道マニアとしては一度はそんな姿を是非拝んでみたいものです。





扇形機関庫の一番端までやってきました。

ここまでくると、ほとんどがディーゼル機関車の展示です。


しばらく機関車の展示を楽しんだので、もう一度来た道を折り返し、今度は新館の航空機の展示を見に行きます。






ところで、鉄道の展示の横には、鉄道ジオラマの展示もあります。

日本の鉄道博物館などでもよく見かけますが、かなり精巧に作られており見ているだけでも面白いです。


のんびり模型を眺めたりその他の展示を見ていると、管内放送が。

ドイツ語と英語で放送があったのですが、何を言ってるかさっぱりわかりません。

がしかし、おそらく閉館時間が迫っているからサッサと外に出てね的なアナウンスに感じました。

これはマズいと思って急いで新館の航空機エリアに向かいます。







ところで、鉄道の展示エリアと航空機や船舶が展示されている新館のエリアは真反対にあります。

つまり端から端まで歩かないといけません。

なんだかんだで早歩きでも10分ぐらいかかってしまいました。





そしてようやく新館に到着。

エントランスからの道は船舶の展示エリアに通じています。

船舶の展示が1Fと2F、航空機の展示が3Fと4Fにあります。

時間が無くなってきたので、少し早足で船舶エリアを見学します。





こんな感じで実際の船が展示してあったり…





吹き抜けのエリアに大型の帆船の模型が展示されていたり…





様々な船の模型が時代ごとに並べて展示されています。

ところでこの船舶エリア、閉館時間が近いからわかりませんが、周りに誰もいませんでした。

あまり船は人気無いのでしょうか…







上のフロアに登ると、今度は航空機の展示エリアになります。

こちらも飛行機の歴史を古い順に学ぶことができます。

写真のように航空機ではなくグライダーのような、大昔の人が飛ぶためにどんな工夫をしたかが説明されています。





第一次世界大戦後の戦闘機のスクラップの写真があったり…







エンジンの展示があったり…





実物の飛行機が展示されていたりします。

茶髪は旅客機は少し知識があるのですが、戦闘機は詳しくないので、見てもどの機種とかはわかりません。

それでも展示の仕方がわかりやすいので、どの時代に活躍していた機体なんだなーとかはなんとなくわかりました。







ちなみに実物だけではなく、模型で内部の構造を説明する展示もあります。

ただ、説明がすべてドイツ語なので一切わかりません。

茶髪のように外国語がまったくわからない人は、割り切りが必要です。

ドイツ語を理解できたら、この博物館を更に楽しめることでしょう。





なんの飛行機だったか忘れましたが、このようにコクピットに入ることもできます。

最新の飛行機と違って、いたるところにアナログのメーターだらけです。

当時この機体を操縦していた人は、これらの計器を全て理解して操縦していたと思うと、ものすごい才能ですよね。

現代のハイテクな機材もいいですが、昔のアナログなところもコレはコレでかっこいいです。





階段で最上階へ向かいます。

その途中、吹き抜けのエリアには実物の飛行機が飾られています。

なんというか、すごい展示方法です。





最上階はあたり一面にこれでもかという数の航空機が展示されています。

最初この光景を見た時は思わず笑ってしまいました 笑







ここに展示されている物は、第一次世界大戦中や第二次世界大戦中に使われていた航空機のようで、黒十字のドイツ空軍のマークや、ハーケンクロイツが描かれている機体がありました。











写真のように、実際に使われていて墜落したであろう機体も復元されて展示されています。

日本でもゼロ戦が展示されている博物館がありますが、このように実物が展示されているとインパクトがありますよね。





最上階の一番奥には、ルフトハンザの3発プロペラ機が展示されています。

日本に帰ってから調べてみると、ユンカースというメーカーが作った、Ju52/3mという機体らしいです。

おそらく旅客機最初期の機材なのでしょう。


余談ですが、機体について調べているとYouTubeに現役でこの機体と同じようなものが飛んでいる動画を見つけました。

こんな大昔の飛行機が現役で動いているなんて驚きです。

興味がある方は調べてみてください。







機体の横にはマネキンのCAさんがおり、当時の雰囲気を再現しています。

当時この機体に乗れる人は、エリート中のエリートだったのでしょうね。





屋上に出てきました。

外には最初この博物館に来た時に見えた飛行機があります。

ダグラスC-47Bスカイトレインという機体らしいです。


ところで、写真を見てわかるようにそろそろ日没です。

館内も茶髪と一組のドイツ人家族ぐらいしか残っていません。

残りの展示を急いで見て、博物館から出ることにしました。





最後にやってきたのはこの展示。

これだけ見るとなんだかよくわかりませんが…







この展示はV2ロケットの展示です。

ナチスが力を入れていた弾道ミサイルですね。





説明の横には実物も置いてあります。

昨今どこかのお国が核やらミサイルやらで世界を騒がせていますが、ミサイルが全部このようなサビサビの鉄くずになって世界が平和になることを願います。


さて、館内にほとんど人がいなくなったので、茶髪も外に出ることにしました。

先程降りたMöckernbrücke駅ではなく、今度は博物館から少し歩いた所にある、Uバーン2系統のGleisdreieck駅から列車に乗り込みました。

夜に来ると不気味な雰囲気漂うテロのトポグラフィー



Uバーン2系統に乗ること15分ほどで、Mohrenstraße駅に到着です。

写真は明るく写っていますが、肉眼ではかなり薄暗くなってきています。

ここから10分ほど歩いて、テロのトポグラフィーに向かいます。






ここがテロのトポグラフィーです。

テロのトポグラフィーとは、かつてのナチス政権下の重要な機関の本部が集中した跡地のことです。

ナチスのゲシュタポ(秘密国家警察)、SS(ナチス親衛隊)、SD(親衛隊情報部)の本部がありました。

当時の建物は現存していませんが、東西統一後の工事の際に地下を掘り起こすと、当時の地下牢が発見されたそうです。

また、その地下牢の上にはベルリンの壁が敷かれており、ナチス~東西ベルリンに分かれていた時代までの負の歴史が詰まっているエリアです。


ところで茶髪が訪れたのは日没後すぐの時間。

見学の時間がちょうど終わるところだったので、警備員のおじさんにもう少しだけ待ってくれ!と頼んで急いで写真を撮りました。




こちらが地下牢の上にあるベルリンの壁。

昼間に訪れたイーストサイドギャラリーとは違い、当時のままの壁が残されています。




描かれているのも華やかな絵ではなく、叫びの文字。




むき出しの鉄骨とボロボロのコンクリートがなんとも言えない寂しさを醸し出しています。

訪れた時間が夜だったこともあり、不気味です。




この日訪れたどのベルリンの観光地よりも、ドイツの負の歴史を感じた場所でした。




ところで、テロのトポグラフィーの横にはドキュメントセンターがあります。

館内にはナチス政権下の写真が数多く展示されていて、当時のドイツの雰囲気を学ぶことができます。

しかもなんとこの施設、無料のようです。

夜になって冷えてきたので、暖をとりつつ展示を見ることにしました。







館内には、ナチス政権下の恐怖政治に関する写真や、ナチスに関わりが深い人物の説明、ヒトラーの生涯など様々な展示がありました。

正直、かなりエグい写真も展示されていますが、それが逆に当時の恐怖政治感を伝えてきます。

屋外の地下牢、ベルリンの壁ももちろんですが、こちらの展示も見ることで、当時の恐ろしさや暗い雰囲気が感じられると思います。


ところで、ここの展示はドイツ語の説明だけでなく英語の説明も書いてあり、とても無料とは思えないクオリティでした。

ナチス政権下の歴史について学びたい人にはおすすめできる施設です。


さて、しばらく展示を眺めた後、この日最後の目的地であるチェックポイント・チャーリーに向かいます。

ベルリン観光最後は夜のチェックポイント・チャーリーと博物館

テロのトポグラフィーの資料館を見学した後は、この日最後の目的地であるチェックポイント・チャーリーへ向かいました。

時刻は夜の19時頃。すっかり日もくれて気温も一桁とかなり寒いです。

正直この日は一日歩き回ってかなり疲れきっていたのですが、せっかくなので見に行かないと後で後悔しそうだったので、疲れ切った身体にムチを打ってなんとか歩き続けます。




寒空の下を歩くこと15分程でチェックポイント・チャーリーへ到着しました。

この場所は、東西ベルリンが別れているいる時代に、東ドイツと西ドイツの境にあった検問所を今でも当時の姿のまま残している場所です。

写真のように兵隊のコスプレをした人も立っています。

ところでこの兵隊さん、晩ごはんなのかサンドイッチを食べながら星条旗を持っていました 笑

仕事するか休憩するかどちらかにしたほうが効率的な気がします…




チェックポイントの裏側からは、ソ連兵の写真を見ることができます。

反対に東ドイツ側のチェックポイントには米兵の写真が飾ってあります。




現在ではこのようにチェックポイント周りはかなり繁華街の中にあります。

当時は兵隊以外立ち入ることができなくかったエリアに、現在では一般人でも入ることができ、しかもマックで食事をしたり色々なお店でショッピングもできるのです。

おそらく冷戦下のベルリンでは想像もできなかったことでしょう。

時代が変われば、街も変わるということですね。





ところでこの近くには博物館があります。

この地球の歩き方を読むと、この博物館には自動車や飛行船、潜水艦、トンネルなどを使って西側に逃亡しようとした人々や、東西ドイツ分断の歴史、ベルリンの壁についての資料を数多く展示しているとのことだったので、行ってみることにしました。


しかしこの博物館、写真撮影がNGでした。

なので少しばかり茶髪の感想を。

まず、建物についてですが、都心のビルの中にあるということで、はっきり言って狭いです。

しかしその狭い部屋のいたるところに写真や展示物があり、展示数としては申し分ない量です。

それと、前に訪れたテロのトポグラフィーの資料館ではユダヤ人迫害の歴史や、ナチス政権の話が中心でしたが、この博物館は市民の生活、とりわけ脱出をテーマにしているように感じました。

地球の歩き方に書いてあったとおり、当時の人がどうにかして西側に逃亡しようとする写真だったり、秘密警察による厳しい監視下での生活風景など、色々な写真が展示されていました。

特に車のトランクルームに入って脱出した女性の写真には驚きました。

カラー写真で見ると、今までは別世界の出来事と思っていたのに、ほんの数十年前まで現実にあった出来事なんだと痛感させられました。

ベルリン内の博物館の中で一番の来場者を誇る博物館らしいので、ベルリンに訪れた際には是非訪問してみてはいかがでしょうか。


さて、1時間半ほど博物館を観覧し、もう身体は疲労で限界です。

この後は意識が朦朧とする中、なんとかUバーンとSバーンを乗り継いでホテルに戻りました。





ホテルに帰宅する前に、そういえば晩ごはん食べてなくね?ということでホテルの真下にある売店でカリーブルストとビールを買ってきました。

お昼に続き再びのカリーブルストです。

というか、昨晩もカリーブルストだったので、ベルリンに着いてから4分の3の確率でカリーブルストです 笑

まあ、美味しいから問題なしです。


カリーブルストを食べてビールを飲んだ後、2日連続のラリった人の叫び声とパトカーのサイレン音のハーモニーを聞きながら眠りについたのでした。

まとめと次回予告

今回はベルリン観光後編、イーストサイドギャラリーやドイツ技術博物館、テロのトポグラフィーとチェックポイント・チャーリーを訪れた際の出来事について書きました。

イーストサイドギャラリーでは有名なおじさんのキスの絵を見に行くことに。

道中色々な壁に描いてある絵を見ましたが、当時は近づくだけでも撃ち殺される危険があった壁に、様々なメッセージ性の強い絵が書いてある風景は、平和なベルリンの象徴だなと感じました。

次に訪れたのはドイツ技術博物館。

ここは男子にとってはたまらない場所で、ドイツのありとあらゆる工業製品が展示されていました。

その中でもとりわけ茶髪の心を惹いたのは鉄道の展示。

まあ茶髪がマニアであるというのも原因ですが、普段見慣れた日本の車両と違い、大型の蒸気機関車やディーゼル機関車は大迫力でした。

また、ナチス政権当時の機関車や、ユダヤ人が強制連行されるために使われた貨車の展示は、あえて昔の負の歴史を隠さいないドイツの強い意志を感じました。

次に訪れたのはテロのトポグラフィー。

閉館時間間際だったので、地下牢は見ることができず、ベルリンの壁しか見学することがでした。

こちらの壁が昼に訪れたイーストサイドギャラリーの華やかな壁とは異なり、鉄骨むき出しの当時の壁そのもので、夜に訪れたこともあり、不気味な雰囲気が漂っていました。

また、壁の近くにある資料館は無料とは思えないほどのクオリティ。

ナチス政権やユダヤ人迫害に関して写真が展示されており、ドイツ歴史の負の部分を学ぶことができます。

この日最後に訪れたのはチェックポイント・チャーリー。

東西ベルリンの検問所を再現したもので、近くにある博物館にも訪れました。

博物館の展示は脱出をテーマにしているようで、東西冷戦下のベルリンについて学ぶことができました。


さて、今回の記事でようやくベルリン観光の旅行記は終了です。

自分でいうのもなんですが、長かった…

この記事を書くにあたり、一眼レフやスマホ、アクションカムの中の写真や動画を整理したのですが、それはもうとんでもない枚数でした 笑

正直ベルリン観光記を書いただけで達成感があり、燃え尽きてしまいそうです 笑


しかし茶髪のドイツ旅行記の面白いのはここからの旅程。

ぶっちゃけ、フランクフルト、ケルン、ベルリンなんてドイツに訪れた人なら誰でも行きそうな場所ですよね。

次回の記事からは、おそらくドイツを訪れた日本人でもそうそういかないであろう、ヴェルニゲローデやハルツ山地へ向かいます。


なんでこんなマニアックな土地に行ったのか、それは次回の記事を読むとわかると思います。

ヒントは、ドイツ技術博物館での茶髪の感想を読むとわかるかもしれません。

写真の整理が終わり次第記事を更新するつもりですので、お楽しみに。


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