JGC修行【プチ観光】就活で東名阪横断その3 ~就活の合間に観光で高野山へ(後編)~

前回の記事では、就活中の1日だけ空いた日を使って行った、日帰り高野山旅行の記事を書きました。

今回もその続きを書いていきたいと思います。

タイトルを見てもわかりますように、今回も一切飛行機ネタがありませんので、興味のない方は次回の記事まで読み飛ばして頂いて結構です。



それでは、高野山観光の続きを見ていきましょう。

さすが世界遺産 立派な建物の金剛峯寺

奥の院からバスに乗り、次は金剛峯寺を目指します。

バスに乗ること10分ほどで、金剛峯寺に到着します。

ここで注意しないといけないのが、奥の院からバスに乗る時、行き先が2つあることです。
1つがケーブルカーの高野山駅行き、もう1つが途中金剛峯寺や壇上伽藍を通って大門向かう系統です。

後者のバスに乗って、金剛峯寺まで来ました。


こちらが金剛峯寺の入り口。
この階段を登った先に本殿があります。


こちらが本殿の写真。立派な建物ですね。
この建物は1869年に再建されたそうです。

ここまでは誰でも無料で入れるのですけど、建物内に入るためには拝観料が500円必要になります。

ここで、高野山・世界遺産きっぷを買っている方だと、400円に値引きされます。


中に入ると、こんな庭園だったり



こんな建物だったり、写真は撮ることができませんが、色々な襖絵を見ることができます。



お寺や、古い建物を見るのが好きな方は是非拝観料を払って中を見ることをおすすめします。

建物内を順路に沿ってゆっくり歩くと、だいたい1時間ぐらいの滞在時間になります。

続いてお寺百貨店のような壇上伽藍へ

金剛峯寺を見た後は、壇上伽藍を見に行きます。

金剛峯寺からの距離は1km程度とそんなに距離がなさそうなので、バスに乗らず歩いていくことにしました。



こちらが、金剛峰寺側にある入口。
この道は徒歩でしか入れないようです。

ところで壇上伽藍とは何か、高野山に行ったことがない人だとわからないと思うので、簡単に説明します。


高野山内の西寄り、金堂、根本大塔、西塔、御影堂などの立ち並ぶ一画で、高野山の聖地の1つである。ここは、空海が在世中に堂宇を営んだところで、現在の諸堂塔は大部分が江戸時代後期から昭和時代の再建であるが、真言密教の道場としての高野山の中核となる部分である。
wikipediaより

だそうです。

つまり、高野山の西側地域の少し高い土地に、金堂やら塔やらが集合している中心地ということです。



実際の場所はこんな感じです。

一眼を持っていなかったので、スマホの画角のため全体が入りませんが、
写真のように色々な建物が密集しているエリアになっています。

奥に見えている赤い建物が、有名な根本大塔です。



近づいてみるとものすごい大きさです。
スマホではでかすぎて全体が入りません 笑



もう少し西側へ歩いていくと、大塔と同じような形の、少し古い建物が現れます。
この建物は西塔というらしいです。

歴史は説明を読んだのですが、歴史が苦手な茶髪にはよくわかりませんでしたが、
何がすごいってこの建物、1834年に再建されたものということです。

色々と突っ込みどころがあるのですが、
特に注目すべきは1834年に5回目の修復ということ、建物が200年近く昔のものということです。

1834年に5回目ってどんだけ昔からあるんだよってのと、目の前に見てるのが200年前からここにあるものってのが何か不思議な感覚でした。



こちら、根本大塔と同じぐらい有名であろう金堂です。
ここも拝観料を払えば中に入れるのですが、そろそろ日が傾き始めて時間が厳しくなってきたので、ここは外から見るだけにしておきました。



壇上伽藍から歩くこと10分ほどで、高野山の最西端にある大門に辿りつきます。



これまたものすごく大きな建物です。
下にいる観光客と比較するといかに門が大きいかわかるかと思います。

昔和歌山方面から来た人たちは、この門を最初にみて驚いたことでしょうね。



ちなみに門の裏側はこんなふうになっています。
よくある山道ですが、こんな道を通らないと来れないところに寺の町をよく作ったなあとあらためて思います。

さて、そろそろ夕方になり、帰りの事も考えると大阪に戻らなければいけない時間になってきました。

大門近くのバス停から、高野山駅行きのバスに乗って駅に向かいます。



バスに揺らること15分ほど、バスのアナウンスで次は女人堂という声が聞こえました。

日本史の授業はほとんど興味がなかったので聞いていなかった若かりし頃の茶髪ですが、
高野山が女人禁制だったというのをどっかで聞いたのを思い出しました。

時間的にも寄り道程度なら問題なさそうだったので、せっかくなので女人堂に立ち寄ることにしました。



ここがその女人堂。
見た目はさっきまでの立派な建物に比べるとかなり小さいです。

女人堂に行って知ったのですが、高野山は1872年(明治5年)と、かなり最近まで女人禁制だったらしいです。
なんというか、今の世の中からは考えられない文化ですね…



この門を超えたエリアには、ほんの百年前ぐらい前までは女の人は入れなかったわけです。
何も知らなければただの普通の門ですが、時代背景を知るとすごく重要な場所に見えてくるから不思議なものです。


さて、今度こそ高野山駅に向かいます。

バス専用道を抜け高野山駅に戻ってきた後、次のケーブルカーまで30分ほどあったので、
駅内にある待合室で休憩することにしました。



見てください、この風景。これ、駅の待合室ですからね 笑

日本全国色々な駅を巡ってきた茶髪でしたが、こんなに絶景な待合室は見たことがありません。

まだまだ知らない駅があるものですね~ 飛行機ブログで書くのもどうかと思いますが、鉄道旅行もやりたいなと思った瞬間でした。


ケーブルカーの発車時刻になり、極楽橋駅まで戻ってきました。



帰りの列車はこの観光列車「天空」
…の前についている普通列車です 笑

この列車、後方2両が全車指定席の観光列車で前方2両は普通車です。
茶髪はお金もありませんので、前方の普通車で帰ります。

ところで横に特急こうやが止まっていますが、もちろん乗りません 笑


電車は定刻で出発、相変わらずの超山道を今度は勢い良く下り続けます。

天空は橋本行きのため、橋本到着後急行に乗り換え、新今宮まで爆睡して高野山観光は無事終わったのでした。

高野山観光まとめ

前回から2回に渡り、高野山観光の記事を書いてきました。

まずは、飛行機ネタが一切なくて申し訳ございません。

本来就活の合間に行ったプチ観光だったので、記事にするつもりはなかったのですが、
行ってみると案外見どころが多かったのでせっかくなので記事にしてしまいました。

記事の途中でも触れていますが、茶髪は学生時代、日本史の勉強を一切して来なかったのであまり歴史的背景はよくわかりません。

そんな学力なので、すごくバカっぽい感想になりますが、

高野山は、「The・日本」でした。

特に奥の院は、日常では味わえないゆったりした時間が流れているような気がしました。

今の日本人は、仏教のぶの字も興味がない人が大半だと思いますが、
普段あまり訪れることのない、お寺に訪れてみると、案外リラックスできるのではないかなーと思いました。


さて、次回からまた飛行機の話に戻ります。

高野山観光の後、大阪で行われていた企業説明会に参加し、その後面接を受けるために東京に向かいます。

次回の記事ではその、東京行きの飛行機の話と、搭乗前に行った、伊丹空港内にある秘密の食堂について書いていきたいと思います。



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